大判例

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東京高等裁判所 平成元年(う)1009号 判決 1990年1月17日

本店所在地

東京都調布市東つつじケ丘二丁目二六番地二

成和地所建物株式会社

右代表取締役 清水保夫

本籍並びに住居

東京都調布市東つつじケ丘二丁目二六番地二

会社役員

清水保夫

昭和二年九月二九日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成元年七月二五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官豊嶋秀直出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人浅岡輝彦名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、被告人らに対する原判決の量刑がいずれも重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、不動産の売買及びその仲介等を目的とする被告人成和地所建物株式会社(以下「被告会社」という。)の代表取締役として同会社の業務全般を統括していた被告人清水保夫(以下「被告人」という。)が、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、不動産の売買に際し、売上の除外、架空の手数料、役員報酬、給料手当及び賞与等を計上するなどの方法により、所得及び課税土地譲渡利益金額を秘匿した上、昭和五九年一〇月一日から同六一年九月三〇日までの二事業年度における被告会社の実際所得金額が七億九一二八万一八円、課税土地譲渡利益金額が一九億五〇二四万一〇〇〇円であつたのに、所轄税務署長に対し、その所得金額が三億二五〇〇万一二三円、課税土地譲渡利益金額が一五億四〇八九万一〇〇〇円であり、これに対する法人税額が四億二九七二万六〇〇〇円である旨を記載した内容虚偽の各確定申告書を提出し、被告会社の法人税二億八二四五万五四〇〇円を免れたという事案であつて、その逋脱額が多く、二事業年度を通じた逋脱率も三九・六六パーセントに及んでいること、被告人は、納税意識が希薄であつて、本件犯行を安易に敢行している上、その動機も自由に出来る裏金や個人的な支出に充てる資金を蓄積しようとしたものであり、この点でも特に考慮すべきものは認められないこと、しかも、不動産を譲渡した際、ダミー会社を介在させて売上を除外したばかりでなく、架空手数料を計上するに当たり、取引先等に依頼して架空の領収書を作成してもらい、更に、人件費については従業員に指示して架空計上させるなど、犯行態様が巧妙悪質であることはもとより計画的であること、以上の諸点に徴すると、被告人の刑責は重いというべきである。

してみると、被告会社は、本件各法人税につき修正申告をして、その本税のみならず、付帯税等もすべて完納したほか、再発を防止すべく経理体制を確立したこと、被告人は、本件犯行の重大性を改めて認識し、被告会社の役員を辞任して、ひたすら謹慎に努めるなど、本件について深く反省していること、この判決が確定すると、被告人の有している宅地建物取引主任者としての資格が取り消されるばかりでなく、相当の期間その資格を取得することが出来なくなるので、被告会社の経営に少なからず影響するであろうこと、被告人は、社会福祉法人やなぎ会に多額の寄付をし、また、本件が新聞等で報道されるなど社会的制裁を受けていること、その他被告人らに有利な諸般の情状(所論は、地価を抑制すべく土地の短期重課制度という過酷な税制が採用されているため、景気変動や貸倒損失等に備えた資本の蓄積をすることが不可能である以上、企業としては、節税、時にはこれを逸脱した脱税も自己防衛本能のしからしめるところであつて、期待可能性の法理から宥恕されるべき側面を有するので、被告人の刑事責任のみを厳しく追及することは事の本質を見誤るものである旨主張する。しかしながら、被告人が本件犯行に及んだのは前記のような事情に基づくものであつて、被告会社の将来を慮つたものではない上、土地の短期重課制度は、土地に対する投機や投機的需要を抑制するとともに、土地の供給を促進し、最近における地価の高騰を防止するために設けられたものであつて、合理的な制度であるというべく、しかも、不動産取引業に携わつていた被告人としては、その趣旨を十分理解していたものと推認されるから、期待可能性の法理により、被告人のした本件脱税が宥恕されるべき側面を有するものとは到底考えられない。)を十分斟酌しても、被告会社を罰金七〇〇〇万円(逋脱額の二四・七八パーセント相当)に、被告人を懲役二年・執行猶予四年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

(なお、原判決添付別紙3修正損益計算書貸方公表金額合計欄中に「16,906,364,705」とあるは「16,906,364,765」の、同4脱税額計算書法人税額小計欄の申告額欄中に「49,541,171」とあるは「49,541,471」の誤記と認められる。)

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

控訴趣意書

法人税法違反

被告人 成和地所建物株式会社

同 清水保夫

右事件の控訴の趣意は左記のとおりである。

平成元年一一月六日

右弁護人 浅岡輝彦

東京高等裁判所第一刑事部 御中

(量刑不当)

原判決は被告人成和地所建物株式会社(以下、法人という)を罰金七、〇〇〇万円に、被告人清水(以下、代表者個人という)を懲役二年、執行猶予四年に、それぞれ処する旨を宣告したが、以下に分説するとおり法人に対する罰金刑は高額に過ぎ、また代表者個人に対する執行猶予期間は長期に過ぎ、いずれも刑の量定が不当であつて破棄さるべきものである。

一 被告法人について

1 法人税法第一五九条二項、同第一六四条は法人税の逋脱に対する罰金刑の上限を「免れた法人税の額」と定めている。この規定は「毒樹の果実を残すことは許さない」との刑事学思想に根ざすものであり、量刑の実際では本来の法人税本税、附帯税、加算税等の税額と罰金とでもつて、逋脱が行なわれた決算年度における所得の全部を国家に上納させ、その年度における企業活動の成果を無に帰させることでこの思想を実現させている。これを裏返せば、その年度の所得から法人税本税、附加税等の税額を控除した残余を宣告刑における罰金額とするものであつて、この実務慣行は法人に対する処罰がその法人の資金繰りを致命的に困難にさせ、ひいては倒産の危機に瀕させることを目的とするものでない以上、合理的な量刑基準と評価しうるものである。

2 ところで被告法人は不動産の売買等をその営業とするものであるが、不動産売買には地価抑制といつた、本来税制によることが疑わしい政策的考慮でもつて、短期重課の制度が採られている結果、同種法人は異業種の法人とは比すべくもない高率の税負担を余儀なくされている。原判決が認定した被告法人の昭和六〇年九月期および昭和六一年九月期の各決算期における実際所得金額はそれぞれ金三億六、五六九万〇、一一九円および金四億二、五五八万九,八九九円に過ぎないのに、同一決算期における法人税額合計はそれぞれ金三億二、二六四万〇、八五〇円および金四億〇、七三四万九、四三七円であつて所得金額に対する法人税の割合でみると、昭和六〇年九月期では八八・二%、昭和六一年九月期では実に九五・七%に達している。かかる過酷な税制は企業経営に必然的に伴うところの景気変動、貸倒損失の発生等のリスクに備えた、資本の蓄積を不可能にするものであつて、企業の維持存続を第一義とする経営者にとつて、節税、ときに、これを逸脱した脱税は、自己防衛本能の赴くところであり、期待可能性の法理からは宥恕さるべき側面を有し、刑責のみを厳しく追及することは事の本質を見誤つたものと評すべきである。

3 それはともかく、前述した実際所得金額・法人税額の対比から明らかなとおり、被告法人が納付した利子税、延滞税、過少申告加算税、重加算税などの附加税を除いた法人税本税の金額だけでも、昭和六〇年九月、同六一年九月の両決算期合計で金七億二、九九九万〇、二八七円に達し、一方、同一決算期の所得金額の実際額は金七億九、一二八万一、〇一八円であるから、この両者の差額は金六、一二九万円であり、前述した附加税の金額は昭和六一年九月期分だけでも約金七、六七四万円に達することが弁第六号証により明らかであるから、これを考慮すれば、前述した量刑基準に沿つた被告法人に対する適正な量刑が罰金額五、〇〇〇万円を超えることはありえず、この点から、原判決は破棄さるべきこと明白である。

二 被告代表者について

1 被告代表者に対する量刑のうち、執行猶予の期間は、量定された刑期とのバランスからは相当性を肯定できなくもない。しかしながら、執行猶予の制度は目的論的にいえば、罪を犯した者を社会内において、その自助努力により更生させようとするものであるから、自助努力の阻害要因があれば、それはやむを得ない程度にとどめることが刑事政策に適うものである。

2 ところで被告代表者の社会的活動は、その多くを宅地建物取引主任者としての資格を拠つていて、その資格の回復の遅速は自助努力による更生と社会的復活に多くの影響を与えることとなる。宅地建物取引業法第一八条一項五号は宅地建物取引主任者の欠格事由として「禁錮以上の刑に処せられ・・・・た日から五年を経過しない者」を掲げ、登録を既に受けている者が、同号に該当することとなつた場合は、その者から三〇日以内に、その旨を届出させたうえ、都道府県知事が登録の消除を行なうこととされている(同法二一条、二二条)。したがつて被告代表者の場合、執行猶予期間が経過して判決言渡の効力がなくなるまでの間、宅地建物取引主任者資格を失うことを余儀なくされるのであるが、原判決の言渡した猶予期間は四年であり、被告代表者の満六二歳という年令を考慮すればこの期間は長期に過ぎ、敗者復活の幅を著しく狭めることとなる。換言すると、原判決は被告代表者に対し一般社会の中での更生の機会を与えながら、そのために有効なカードを長く切れない状態に置くこととしているのであつて、まさしく「画龍点睛を欠く」そしりを免れない。

3 さらにいえば被告法人に対する法人税の、実際所得に対する割合は前述したとおり、昭和六〇年九月期で八八・二%、昭和六一年九月期では実に九五・七%に達している。この事実は営業収益を獲得するために、資金を調達し、人材その他の組織を恒常的に維持し、その費用を支弁し、景気変動、貸倒れ、予測違い等のリスクを負担し、寝食を忘れて企業努力を重ねている、当の法人の取り分が僅か一一%、5%弱であるのに、その反面で何のリスクの負担もせず、その収益獲得には何の寄与もしない、また法人が将来、経営危機に陥ることがあつたとしても何の援助をすることも、また責任を持つこともない国家が、当該法人の獲得した収益の、九〇%から九五%を収奪することを意味するものであり、江戸期における農民一揆が五公五民に不平を唱えたものとされることと対比しても、その乱暴さ、不合理さは比類がない。

かかる税制のもとで、危機時の備えとして、また必須の簿外支払いにあてる備えとして、企業の維持発展を使命とする企業経営者が他に方途、保障の手だてに欠けるため簿外の資産形成に赴くことは、許されないとはいえ無理からぬものである。かかる経営者を厳しく処断し、多大な不利益を与えることは不条理な税制の実態にあえて眼を背けたところの片手落ちの判決であるとの非難が避けられない。

4 それはともかく被告代表者は、原審の公判廷において、「人生の最後にとんでもないことをした」と反省し、かつ、経理面においても「資金の調達のみを自分がし、(その処理は)一切、口出しをしないことに改めた」旨、供述し、同種事犯の再発の防止を誓つているのであるが、原判決後、さらに謹慎を徹底し、あわせて組織的な明確化を図るため、これを機会に、自らは被告法人の代表取締役および取締役の地位を退き、社外から被告法人に助力することを決意し、現在、関係金融機関、取引先に根廻しを行ない、手続的にも、近々の中にこれを完了する予定であり、公判期日には手続終了を証する登記簿謄本の提出ができるものと考える。かかる徹底した反省、制度的保障、さらには原審における情状証人二名の公判廷供述にみられる被告代表者の日常的な情状、既に受けた社会的制裁を考慮すれば、被告代表者に対する執行猶予期間は、三年間であつても必要充分な期間を超えていること明らかである。

よつてこの点からも原判決は破棄されるべきものである。

以上

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